一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ会員の戸部依子が執筆した記事が、食品と科学 2016年7月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。
冒頭紹介
はじめに
事業者に対するHACCP導入の意向調査において、導入が進まないことの理由として「HACCPの導入が消費者の購買動機につながりにくいため、経営上のメリットが感じられない」「一般消費者のHACCPに対する理解や認識が不足している」等の声がある。本当にそうなのか?
確かに、消費者は「HACCP手法によって管理された食品」という言葉では語らないが、安全に安心して食べられることを期待している。まさしく、その期待に応える手法の1つとしてHACCPがある。消費者が「HACCP」という言葉を使うかどうかにかかわらず、安全性を確保するための取り組みは必要である。
飲食店においてHACCPの導入は、工場への導入ほどはニーズが高くないと事業者も消費者もとらえるかもしれない。しかし、業態や事業規模にかかわらず、食品にはゼロリスクはない。“安全な食品”もない。だからこそ、許容できるレベルの安全を確保し、安全に食べるためにハザード分析に基づく管理が求められる。
消費者がハザード分析や評価をするということではないが、たとえば、利用者がメニューブックに表示されたアレルゲンを確認したり、焼き肉店で生肉用の箸と食事用の箸を使い分けることは、利用者や店が意識するしないにかかわらず、ハザード分析と評価に基づく行動、情報の活用の例である。
飲食店における適切な食材の管理や調理、情報提供を“HACCPシステム”と呼ぶかどうかはさておき、おいしく安全に食べるためのしくみとして、消費者もHACCPシステムを理解し、適切に行動することは重要である。
飲食店が確保する安全性と利用者の安心の基準の共有
食品工場では、消費者向けの見学コースが設置されていたり、ホームページで工程の説明(紹介)がされるなど、消費者が製造現場の様子を知る機会が増えてきた。飲食店では、利用者が厨房に立ち入ることはないが、厨房における“工程”の管理は、利用者に近いところで行われている。また、利用者は店で働く人の服装や食品の取り扱いの様子を近くで見ることができる。寿司屋のようにカウンター越しに寿司職人が生魚をさばいたり、寿司を握る様子を見ることができたり、オープンキッチンのように調理の様子が客席からみえる配置となっている店もあり、そのことを訴求ポイントとしている店もある。そこでは、科学的な安全性に対する認識の程度は一様ではないが、“リスクに応じた管理の在り様”に対して、店と客(利用者)の間での基準の共有ができている。利用者は料理を味わうと共に、「店内の清潔さ」「手際の良さ」「キビキビとした心地よい緊張感をもって料理をしている姿」「スタッフの清潔さ」を見て、そして異物混入や健康危害がないことをもって、安心し、気持ちよく食事し、繰り返し訪れることができるのであろう。HACCPシステムの運用の有無にかかわらず、利用者に安心を提供する際の裏付けとして、リスクとおいしさのバランスをとるという経験の活用とハザード分析に基づく管理手段の選択と実施が行われている。厨房が雑然としていたり、従業員の服装が清潔でなかったりすると、利用者は安心できなくなる。
このように、飲食店における安全性の維持、管理には、科学的知見に基づくハザード分析に加えて、手洗いや清掃などの衛生管理の“見える化”やアレルゲンなどの情報提供など、利用者と店とのコミュニケーションを活用した衛生管理、安全性確保のための管理対象や基準に関する共有が求められる点が特徴的と言える。衛生管理や安全性確保の取り組みの善しあしの判断は事業者の視点だけではなく、科学的な客観性と顧客の視点に基づくことも求められる。