一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ代表理事の広田鉄磨が執筆した記事が、食品と科学 2021年6月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。
目次
本文紹介
日本の食品偽装の課題
広田鉄磨
Hirota Tetsuma
(一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ 代表理事)
日本での食品偽装対策のこれまで
私たちは食品安全マネジメントという枠組みの中で、 食品偽装について議論しようとしているのですから、 HACCPの危害要因分析の考え方に沿っての議論とすることが自然な流れといえましょう。 危害要因分析のルールに従えば、 私たちがまずやるべきことは潜在している危害要因をすべて洗い出し、 次いでその中で顕在化しうるものを特定していくことになります。 顕在化しうる危害要因に対しては、 管理手段を置きます。 危害要因の中でも、 重篤な健康危害を起こしかねないものであってかつその頻度がかなり高いと目されるものについては、 非常に厳格な管理手段が求められていきます。
しかし、 日本での食品偽装防止対策の議論の中では、 この①潜在している危害要因の洗い出し→②顕在化しうる危害要因の特定→③引き起こされる健康危害は重篤か、 頻繁か?→④重篤かつ頻繁なものには厳格な管理手段を設定するという本来踏むべきステップを追っていない事例ばかりが目撃されるのです。
世界でも似たような問題点が見られますが、 日本では特に顕著です。 HACCPで言えば、 危害要因の挙動とそれに対する管理手段が結び付いていない状況が (今回は食品偽装に話題を変えても、 偽装をもくろむ側の挙動とそれに対する防御手段が紐づけされないまま) 放置されています。 本誌5月号で発表した食品防御においてもまさに同じで、 例えば 「テロリスト」 の行動は予測不可能であるからその管理手段は設定しづらいとなると、 行動の予測可能な 「悪意を持つ個人」 へと犯人像をシフトさせたり (悪意を持つ個人であればまだしもテロリストと 「悪意」 という点での共通性はあるのですが)、 果ては 「偶発的な混入」 への対策までをも、 管理手段として並べ立て喜々としているというのが日本での食品防御の状況ではないでしょうか。
今回のテーマである食品偽装では経済的な動機を引き金として混入がなされるという筋書きが設定されているのですが、 もちろん混入の結末としての健康危害の重篤さに従って、 管理手段の厳格さが決定されていくべきであるのはいうまでもありません。 経済的な動機によるものであれば、 健康危害は起きえないといった論理のすり替えがいつの間にかなされているのではないかと勘繰りたくなるのが、 次に続くGFSIによる食品偽装の定義の仕方です。
GFSIによる食品偽装の定義
国際食品安全イニシアチブ (GFSI) は、 2014年に食品偽装に関するポジションペーパーを発行し、 特に食品安全マネジメント規格のオーナーたちに食品偽装防止条項設定の重要性を訴えかけました。
食品偽装は通常の食品安全事件より危険な場合もありうる (そのなかには食品安全上の懸念を十分意識しながらも商品を出荷するという社内メンバーの加担が認められる事例がある) として、 全体の議論の出発点としているのですが、 模式図ではすでに食品安全の部分は極小化され、 食品偽装というものがあくまで経済的な動機によって引き起こされるものであって、 そこに消費者に危害を及ぼそうという (食品安全を揺るがすような) 悪意はほとんど入り込んでいないという構図となっています (不思議なことに模式図では食品防御ですら食品安全があまり入り込んでおらず、 テロリストが無害なものを混入する事例のほうがはるかに多いような印象を与える図柄となっています)。
そして、 偽装を企図する側は7つのツールを使用すると説明されます。 このツール群を一見しただけでも食品安全上の懸念が明白であるにもかかわらず、 本文中では二度と食品安全に立ち返ることがありません。
このように、 GFSIの提唱する食品偽装はいつの間にか議論の本質であるべき食品安全を切り捨て、 健康危害が起きない混入事件の防止へと軸足を巧妙に移していっているのです。
具体的にどのような対策を施すべきかを検討する段階では、
2つ目は、このような脆弱性によるリスクを軽減する適切な管理手段の中にはモニタリング戦略、検査戦略、原産地検証、仕様書管理、サプライヤー監査、偽造防止技術などを含めることが出来ます。管理計画書には、いつ、どこで、そしてどうやって不正行為を軽減できるかの要点を明記します。
とあり、 ここではすでに偽装を企図するサプライヤーから自社をいかに防衛するかに関心が移っていきます。 自社はあくまで被害者であって加害者・加担者とはなりえない、 このような子供だましのストーリーに乗せられてしまい、 現在までにGFSI承認規格の多くがサプライヤーから自社を守ることのみを唯一の達成目標とした条項設定に明け暮れるようになってしまったのです。
FSSC22000における食品偽装の定義
GFSIによって承認された国際的な食品安全マネジメント規格群ではさらに進んで、 食品偽装に関しての防衛上の脆弱点を偽装を企図する側から突破されないように脆弱点分析を行ったうえで、 偽装防止対策を実施していくことを強調していきます。 企業側の水際防衛がいかに重要であるかの繰り返し確認作業となっていくのです。 前ページにあるのはFSSC22000において食品偽装防止ガイダンス文書の第一章です。
しかし、 同じ第一章のなかですでに食品偽装事件に巻き込まれた場合、 食品企業にとっての経済的な損失は巨大であることへと論点がすり替えられます。
粛々と、 偽装された原材料から自社を守るための水際防衛作戦へと話が進められていくのです。 自社内の人間が加担する偽装の可能性は完全に蚊帳の外に置かれます。
つまり、 GFSIにしてもFSSC22000にしても、 食品偽装に関して言えば、 二度の論点のすり替えをしているということになるわけです。 ①食品安全という尺度から企業の経済的損失という尺度へのすり替え、 そして②自社内部を疑わず、 すべての偽装はサプライヤー側で起きるという内部犯行の可能性の完全否定というすり替えです。 このような論理のすり替えを包含したガイダンス文書や規格条項に影響された形で、 世界の主要食品企業の食品偽装対策も組み上げられてきていますので、 サプライヤーだけを疑うという極端な偽装対策は、 まずGFSIによってその骨組みが作られ、 それを受けた国際的な食品安全マネジメント規格群によって肉付けがなされ、 大企業によって最前線での運用が開始されてしまったわけです。
日本での食品偽装事件の実例
日本で起きた食品偽装事件で食品安全 (つまり人が死ぬかもしれない、 入院するかもしれない) が絡んだものは、 2007年ミートホープ事件 (異種アレルゲンを含む牛肉を販売当時はまだアレルギーに関する意識は低く、 食品安全事件としては取り上げられなかった) と2008年事故米転売事件 (カビ毒に汚染されたコメを、 本来は工業用途に限定すべきところであったが、 食用として転売) くらいですが、 サプライヤーが引き起こしたものではなく、 どちらも社内が加担している偽装です。
続く事件はサプライヤーによる偽装が引き金となっているものですが、 それに加えて社内メンバーの加担が事件を深刻化させています。
【1985年山梨県のワイン製造企業】 高級ワインの製造に欧州から輸入した原材料ワインを使用。 ヨーロッパで原材料ワイン製造者がジエチレングリコール (不凍液) を混入したと問題になり、 7月下旬に社内検査で混入を確認。 頒布会での販売が多かったので、 営業担当者が密かに回収に当たった。 7月30日、 山梨県の調査では、 原材料ワインを移し替え、 社内調査を隠ぺいなどして、 虚偽の説明をした。 約1カ月後、 民間の検査機関の結果で、 混入の疑いが深まり、 再度山梨県が調査した際にも虚偽の報告をした。 1986年4月甲府簡裁 常務ら②人に罰金3万円
いずれも社内の指揮系統が絡んでおり、 サプライヤーがだましたというよりは自社のトップマネジメントの指示で社員が偽装に加担したという事件群ばかりです。 GFSIの提唱する水際防御という手法で偽装事件を防止するのは、 非常に難しいといえましょう。
JFS-C規格 Version 3.0 では、 FSM18に食品偽装防止対策として、 「組織は、 食品安全に影響を与える不適合が生じた場合の是正処置を 決定・実施するための手順を確立し、 それを実施し、 維持しなければならない。 逸脱や違反があった場合は、 根本原因を特定し、 再発防止策を講じ、 一連の処置の有効性を確認しなければならない」 とありますが、 この文章で何をすればいいのか、 パッとひらめく人はいないのではないでしょうか。 文章を作成したメンバー自身も自分が目指していることが何なのかまで理解が及んではいないようです。
JFS-C規格準拠審査での食品防御チェックシートの一例 (表1) を添付しますが、 ほとんどがトレーサビリティーの確認となってしまっています。 どの規格であっても、 従業員が加担した事件であって、 つまり、 トレーサビリティーを保証する記録すら書き換えられている可能性が高い状況であれば、 食品安全マネジメント規格監査員が乗り込んだとしても、 不正の洗い出しは困難です。
日本での食品偽装防止対策の今後
日本で食品偽装防止を実現するとすれば、 第三者機関によるコンプライアンス監査、 CSR監査しかなく、 その監査機関の中立性と執行力は、 相当に大きいものでなければなりません。 一者監査 (内部監査) も可能といえば可能なはずですが、 社内の機関がその会社の経営陣を糾弾するというのは非常に難しいのではないでしょうか。 抑止機能のサステナビリティ―を考えると 大企業の場合にはコンプライアンス監査、 CSR監査以外の道はないように感じます。
しかし、 大企業であればともかく、 中小零細規模の企業が、 第三者機関に監査依頼するというのは経済的な負担があまりにも大きすぎます。 会社自身が第三者機関や一社監査などによる自己矯正能力を持ちえない場合、 やはり社会として偽装加担を許さないというカルチャーの醸成のみが抑止効果を持つのではないでしょうか。 「あの会社は偽装をしたから、 あの会社が反省を示すまであそこの商品は買わない!」 といった消費者の忌避行動は単純ではありますが、 直截で社内偽装を行った会社に非常に大きな打撃を与えることになります。 会社が自己矯正しないのであれば、 社会としてその会社に対して矯正を迫るということです。