一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ会員の新 武司が執筆した記事が、食品と科学 2021年12月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。
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Food Safety Culture(食品安全文化)/Food Safety-Ⅱを考える ①
目次
本文紹介
Food Safety Culture (食品安全文化)/ Food Safety-Ⅱを考える ②
~食品安全の啓蒙団体である食品品質プロフェッショナルズより~
新 武司
Atarashi Takeshi
(一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ 理事)
4、 これからの食品安全管理 ~Food Safety-Ⅱ~
食品安全文化で示唆された、 「人の行動」 に焦点を当てて食品安全に取り組むということに異論はありません。 しかし、 筆者は食品安全文化とは別の概念でこれを実現できないかとも考えています。 ここでは、 筆者が考えるその概念を 「Food Safety-Ⅱ」 と名付け、 紹介させていただきます。
と、 偉そうな打ち出し方をしましたが、 筆者のオリジナルというわけはなく、 他業種での安全管理の考え方 (Safety-Ⅱ) を応用しただけです。
筆者が食品関連企業の品質管理・食品安全業務に携わり20数年たちますが、 一つの大きな悩みが 「現場でのルールが多すぎで、 誰も理解しきれていない。 形骸化している」 というものです (ルールを作ればあらゆる問題が解決できると考えている人もよく見かけます)。
そのような時、 たまたまテレビから 「今までの安全マネジメントは、 問題ない状態を維持する…」 「マニュアルが膨大になり、 実現が困難に…」 というような話があり、 この番組のテーマ 「レジリエンス (強靭性) エンジニアリング」 というものを食品安全でも取り入れることができないか考え、 今に至ります。 以下にレジリエンスエンジニアリングについて、 筆者が理解したことをまとめます。
【レジリエンスエンジニアリングの前提現代社会の成り立ち】
- 現代社会は多様な社会技術システムで成り立っている。
- 社会技術システムは利益や効率が追及されるため、 安全が削られることが多い (危険へのドリフト)。
- 技術 (機械的) システムだけでなく、 それを運用する社会 (人や組織) システムも大切。
- ただし、 技術の発展 (成熟) に伴い、事故の発生率は激減している。
【今までの 「安全」 とその問題点 (Safety-Ⅰ)】
- 安全とは、 ダメなことが起こっていないこと、 決めたことをきちんと出来ていること。
- 悪い結果が出来るだけ低い状態が 「安全」。 安全のためには 「うまくいかないことを防ぐ」。
⇒これを Safety-Ⅰと定義 - Safety-Ⅰでは想定外の変化やトラブル (≒決めていないこと) に対応出来ない。
さらに、 世の中が複雑になっているので、 想定外が起こりやすくなっている。
【今後、 目指すべき 「安全」 (Safety-Ⅱ)】
- 安全とは、 未然防止に加え、 危険な状態からの回復、 損傷を受けた機能の復旧までを、 状況に応じて対応できること。
- 成功の結果が多い状態が 「安全」。 安全のためには 「ものごとがうまくいくことを確実にする」。
⇒これをSafety-Ⅱと定義 - Safety-Ⅱでは、 事前の準備をした理想的な解決は不可能なこともある。
最低限のレベル、 もしくは犠牲を伴う解決になることもある。
ここまでレジリエンスエンジニアリングについて簡単に紹介しましたが、 食品業界においても当てはまりそうな内容です。
現在の食品安全の考え方は、 「ルール・基準で管理する=Safety-Ⅰ」が主流です。 ルールがないと作業ができないという前提で、 事故が起こらないようなルールを決める、 事故が起こったらルールの見直し・追加をする、 従業員は決められたとおりに作業すれば良い、 という考え方です。 そのベースは 「人の変動をなくす」 ということにあります。
このような流れに対し、 人の変動はなくせるのか? という疑問 (あるいは、 変動を失くすことは非現実的という現状認識) が、 Safety-Ⅱにつながっていると推測されます。
食品関連企業で変動をなくすことが不可能な理由には以下のようなものがあります。
- 人は全く同じ指示があっても、 個々が実際にやることは少しずつ異なる。(モラルや人格、 環境、 さらにはその日の気分などによる)
- 作業環境も日々異なるのが普通。(温度・湿度から原料ロット、 設備の摩耗度まで常に変化する)
- ルールや基準を作る人は、 現場で起こりうること全てを想定することは出来ない。
⇒ムリヤリ想定することで、 膨大なルール、 非現実的なルールにつながる。
⇒膨大&非現実的なルールは誰も守らず、 やることがバラバラになる。
品質管理・食品安全担当の立場では、 「事故を起こしたら会社の危機につながるから、 完ぺきなルールを作る。 現場の従業員はゼッタイにルール厳守 (人として守るのが当然)」 と言いたくなるのは理解できますが、 膨大で非現実的なルールを守らせようとするほど、 現場はルールを守らなくなるという悪循環が起こります (作った側ですら全てのルールを把握していないということもありえます)。
実際、 食品関連企業の品質管理・食品安全担当の方の話を伺うと、 「現場がルールを守らなくて困る」 という意見が多くあります。 ですが、 そういう方が目をそらしている (が、 本当は気づいていることが多い) のが、 「現場は思っている以上にルールは守ってない、 でも事故は起こっていない」 という現実です。
「このままだと、 いずれ大きな事故が起こる」 という意見もありますが、 「そんなに大事なルールを守っていないなら、 既に事故が起こっているのでは?」 という疑問もあります。
なぜ、 ルールを完ぺきには守っていないのに事故が起こらないのか?
まず一つは、 ルールが過剰という可能性があります。
もう一つ考えられること、 これがSafety-Ⅱにつながりますが、 「状況に合わせて、 現場の人が、 なんとなく調整をしている」 という可能性です。
例えば、 「作業中に汚れている可能性があるものを触ったあと、 ルールでは手順通りに1分手洗いとなっているが忙しいからしない。 でも、 とりあえず、 手指にアルコールを噴霧し除菌はしておく」 というようなものです。 また、 生鮮原料にありがちな原料のブレに対し、 カット方法や加熱時間等を適宜調整し、 製品の品質 (安全性含む) を一定に保っている場面を見ることもあります。
作業環境や原材料などの変動に合わせて人も変動しておおよそうまく処理する、 人間の柔軟性を活かしシステム全体の柔軟性・強靭性を実現する、 というものがSafety-Ⅱの狙いだと考えられます (Safety-Ⅰでは、 人の柔軟性は変動の要因 (≒悪) となり、 制約されます)。
ここまでSafety-Ⅱ (=現場従業員に任せる管理) の長所を見てきましたが、 当然、 短所もあります。 それは、 「現場従業員に多大な力量が求められ、 負担が大きくなりすぎる」 というものです。 職人の世界では Safety-Ⅱのみで十分かもしれませんが、 一般的な食品関連企業ではなかなかに難しいことだと考えられます。 そのため、 取り組む際にはSafety-Ⅰと Safety-Ⅱを組み合わせることが望ましいと考えられます。
つまり、 「想定できることは今まで通りの管理 (Safety-Ⅰ) を行い、 想定しきれないことにも対応が必要なため、 人 (人の集合である組織) に柔軟性・強靭性をつけていく (Safety-Ⅱ)」 というものです。
もう少し具体的には、 「既存の管理 (Safety-Ⅰ) を継続しつつ、 従業員に臨機応変な対応ができる力量をつけていく (Safety-Ⅱ)」 となります。
Safety-Ⅰ (既存の管理) はそのまま継続するのであれば何も変わらないと感じるかもしれませんが、 従業員に臨機応変に対応できる力量がつくことで、 「必ずする・しないこと (=ルール)」 の範囲をより狭くする、 つまり、 細かいルールを減らし、 従業員の判断に任せる範囲を広げていくことも出来るでしょう。
この 「ルールを減らす=従業員に任せる」 という取り組みが、 「ルールが少なく覚えるのが楽⇒ルールを守る精度向上」 「認められたという実感を得る⇒モチベーション向上」 とつながり、 良いスパイラルになると理想的です。 なかなかそんなに理想的には進まないのが現実ですが、 「任せるのがコワい・メンドー」 で話を止めるのではなく、 「任せるにはどうすれば良いか」 を考えないと組織は成長しないでしょう。
「従業員に臨機応変な対応ができる力量をつけていく」 ことが、 食品関連企業で Safety-Ⅱ、 つまり、 Food Safety-Ⅱを実装するためのポイントとなります。 臨機応変な対応ができるようになるためには、 従業員が 「専門知識」 と 「倫理観」 を備えることが必要だと筆者は考えています。
【Food Safety-Ⅱ に必要な専門知識】
専門知識と言っても、 現場で作業する方に教育する内容はそこまで複雑で専門性が高いものでなくても問題ありません。
既に (Safety-Ⅰに基づいた) ルールがあることを踏まえると、 まず考える・教育することは、 「既存のルールの目的・意味」 ではないでしょうか。
食の安全に関わるルールの目的・意味は 「何かしらの危害要因の制御」 です。 これを知ることは 「危害要因の制御」 という専門知識の蓄積に他なりません (目的・意味を知ることはルールを守る意欲にもつながります)。
さらに言えば、 「目的・意味が不明確なルール」 は惰性で行っているだけの不要なルールかもしれませんので、 ルールの廃止を検討すべきでしょう。
なお、 「危害要因の制御」 というものですが、 生物的危害要因については、 いわゆる 「食中毒予防3原則」 が本質をついたものだと筆者は考えています。
まとめると、 以下のようになります。
- 既存のルールの目的・意味を改めて整理する。
目的・意味が不明確なものは、 本当に継続が必要か検討する。
(目的・意味が明確になっても、 有効性まで含め検討が望ましい。) - 上記の 「ルールの目的・意味」 と 「食中毒予防3原則」 を今後の教育項目とする。
【Food Safety-Ⅱに必要な倫理観】
ここでの倫理観とは、 「やることをキチンとやる (≒大事なことはサボらない) 意思」 と言えるでしょうか。 「自分が原因で事故は起こしたくない」 というのは当然の感覚ですので、 本来はそこまで気にする必要はないのかもしれませんが、 実際の現場では 「ルールをわかっていてもやっていない」 という場面がよくあります。
筆者の印象では、 現場の従業員がルールを守らないのは倫理観とは別のところにも大きな問題があるように思います。 単純に、 「ルールが多すぎる、 ルールの目的・意味が伝わっていない」 というものですが、 これらへの対策は先述の 「必要な専門知識」 への取り組みに含まれています。 別の見方をすれば、 現場で実際に作業する側ではなく、 指示・指導を行う側 (≒品質管理・食品安全担当者) の考え方や心がまえに問題があるのかもしれません。
では、 品質管理・食品安全担当者にはどのような心がまえが必要なのでしょうか?
一言であらわすと 「清濁併せ呑むこと」 です。 もっと言えば、 「濁 (≒現実)」 を良い感じに呑むこと、 多少の濁であればそれを呑む覚悟を持ち、 呑みすぎない判断ができることです。 「清 (≒理想)」 は、 正しいことなので誰でも呑めますので、 そこは深く考えなくてよいでしょう。
まずは、 「安全を確保するため (かつ、 法律に違反しないため) に、 どこまでギリギリのレベルでルールを設定できるか」 ということを品質管理・食品安全担当者には考えていただきたいです。 「今までやってきた」 「他所もやっている」 という意見に対し、 「そんなのいらない」 と言い切れる力量と度胸を持ちたいものです。
また、 ルールは守っていないが、 安全性は確保できているという時に 「ルールを守っていないこと自体をどこまで許容できるか」 ということも心がけたいものです。
鬼の首を取ったように批判するのか、 次は気をつけてねと注意を促すのか、 ルールを守るように促すための指導にはいろいろな手があることを忘れないでいただきたいです。
当然、 ルールが過剰という可能性もあります。 過剰なルールを放置しているのは、 ルールを作る側の責任だと忘れないようにしましょう。
さて、 現場従業員の倫理観を高めるには何をするべきか?
実は、 Food Safety-Ⅱの取り組み、 つまり、 「現場従業員に任せていく」 ということ自体が倫理観の向上につながっていきます。 人を信じる、 人に任せることが人の正しい行動を促すことは論語にも示されています。
論語 為政第二/19
之を道くに政を以てし、 之を斉うるに刑を以てすれば、 民免れて恥なし。
之を道くに徳を以てし、 之を斉うるに礼を以てすれば、 恥ありて且つ格し。
※以下、 筆者訳
いくら法律&刑罰で人を治めようとしても人は抜け道ばかり考える。
(抜け道⇒法律⇒抜け道…の悪循環に陥る)
法より徳、 罰より礼に訴えると、 人は自身を律し正しい行動をする!
従業員を 「組織の歯車として使う」 のではなく 「人として任せる」 という覚悟を組織が持つことが、 倫理観の向上につながるのではないでしょうか。
さて、 この 「倫理観」 というものは、 「食品安全文化」 が期待するものと同じだと考えられます。 「食品の安全性確保には人が重要。 いかに人を育てるか」 という問題への解決法が違うというだけの話です (既存の管理方法のシフト (Food Safety-Ⅰ から Food Safety-Ⅱ) で解決するのか、 組織全体の食品安全への意識向上 (食品安全文化の醸成) で解決するのか)。
どちらの解決法でも、 最終的に 「仕事を任せられる従業員が育つ」 という目的が達成されればかまわないのですが、 筆者としては、 既存の管理の延長で行うことが可能で、 品質管理・食品安全担当者の責任範囲で取り組みやすいという理由で、 Food Safety-Ⅱの方が進めやすいと感じています (筆者も、 現在、 従業員教育や現場ルールの内容を少しずつ変えることに取り組んでいますが、 従業員の安全への意識が向上していることを実感することが増えています)。
「食品安全文化」 の大切さを理解しつつも、 組織全体 (あるいは経営層) へのアプローチが難しいと嘆いておられる方には、 ぜひ、 「FoodSafety-Ⅱ」 を参考にしていただきたいです。
おわりに
食品安全文化というものが提唱されたのはなぜでしょうか?
人のケアレスミスによる食品事故がなくならないこと、 さらには、 悪意をもった異物混入への懸念などが理由として考えられますが、 その根元にあるのは 「従業員を人として扱っていないこと」 ではないのかという気がしてなりません。
食品に限ったことではありませんが、 いくら機械技術が進化しようとも、 要となるのは 「人」 です。 しかし、 利益や効率ばかりを求めるあまり、 人を (精度・速度が不安定な) 機械をして扱っていたのではないでしょうか。
「従業員を人として扱い、 人の強みを引き出し、 食品安全を達成する」 ということに対し、 本稿では食品安全文化とは別の解決法として 「Food Safety-Ⅱ」 を提唱しました。 ゴールに至る道は一つではありませんので、 各組織が自分たちにあった解決法を探るきっかけになればありがたいです。
甘い考えかもしれませんが、 筆者は 「人の善性、 可能性」 というものを信じています。 組織が人の強みを引き出すことができれば、 食品安全に限らず、 様々な問題~最近話題のフードロスやSDGsまでも~を解決する原動力になると考えています。
食品安全文化をきっかけに、 「人を信じる・人に任せる」 ということに真摯に向き合って取り組んでみませんか?
参考文献
- GENERAL PRINCIPLES OFFOOD HYGIENE CXC 1-1969/Codex
- 食品安全文化 グローバル・フード・セーフティ・イニシアチブ (GFSI) による方針説明書/GFSI
- JFC-C規格文書 (セクターCⅠ、 CⅡ、 CⅢ、 CⅣ/K) 〔組織に対する要求事項〕/一般財団法人食品安全マネジメント協会
- Safety-Ⅰ & Safety-Ⅱ 安全マネジメントの過去と未来 (海文堂出版)/エリック・ホルナゲル著/北村正晴、 小松原明哲監訳
- レジリエンスエンジニアリングが目指す安全 Safety-Ⅱとその実現法/北村正晴