飲食業におけるコロナ対策の過不足 リスク学会第33回年次大会における発表

飲食業におけるコロナ対策の過不足 リスク学会第33回年次大会における発表

広田 鉄磨

本年度はZoomでの開催となり 観察していても運営は決して順調といえるものではありませんでしたが そのなかで 下の筋書きに沿って発表を行いましたので報告します。

スライドでのプレゼン「これじゃダメだろコロナ対策

本当に効果あるの?ステッカーで推奨されてることって

大阪ではもずやん 東京では虹のマークのようなステッカーが続々と発行されています

もともとこういったガイドラインのなかでは ディスタンス、パーティション、マスク、アルコール消毒、手洗い、換気などがリストアップされていたのですが 私が知っている飲食店でも 従業員はともかくも 客が一生懸命手洗いをしているところは見たことがありませんし、換気は いつの間にか脇のほうに追いやられています。

飛沫感染てなによ? いったいどんなのが飛沫なのよ?

そこに定義されている飛沫のサイズには大きな疑問があるのですが もともとは 感染を引き起こす原因として飛沫感染が注目されていました。その状況は今も変わりません。

次いで 飛沫核感染とか 空気感染と呼ばれる 小さな飛沫によるもの。特に中国で エアコンの風下で感染した例が報告されてより 実は感染件数の原因の相当数を占めるのではないか と着目されてきたものです。

飛沫はおっこちるのか・浮遊するのか?

本来 接触感染とは 患者の体液、臓器に触れる あるいは 患者と密着することで 患者の体液をもらってしまう事を言っており WHOもCDCも 一般人は気にする必要はない あくまで医療関係者や 患者発生の後に除染にあたる者たちのための注意事項であると強調していたのですが いつの間にかこれが誤解され 近接することで移ってしまうという感覚でとらえられてしまったようです。はやっていた3密(密閉、密集、密接)という言葉が 非常に耳に残りやすい響きを持っている為 その傾向を助長してしまったことは否めないという気がします。

接触と誤解されているものの中に 手指にウィルスがついているからそれを洗い落とすために 指の股や指と爪の間も、手の甲も 手首までしっかりと洗うように といった説明をする動画も出ていますが もし 手すりから移るのであれば 手のひらに限定され それも 皮膚が突起した部分にしか転写されないのですから 指の股や手の甲などは本来対象外です。どこかで ノロ対策向けの手洗いが ノロに効くのであれば コロナにも効くだろうと 根拠のない演繹法的解釈で採用されてしまったようです。

さて 飛沫とはいったいどんなサイズなのでしょう。論文の一つを参照しますと 飛沫が落下するためには100ミクロンくらいのサイズが必要なようです。室内環境学会の説明では 100ミクロンの飛沫でも5Mまで飛散する可能性があるとされ ほかにも論文は色々出ていますが 大体この100ミクロンが 浮遊する・しないの境界値のようです。また 飛沫は空中を飛んでいる間にどんどん乾燥し サイズが小さくなっています。スパコン富岳を使用したシミュレーションがよくなされていますが ここには 飛沫が 乾燥して「痩せていく」という前提条件は組み込まれていないようです。いくら優れたスパコンでも計算するのが速いだけが取り柄で どう計算させるかは人間が考えることです。どういった演算子を組み込むかで全く違った結果を出してしまうのは当然といえます。また 室内環境学会は 人間が出す飛沫は 二瘤ラクダのように ピークを二つ持っている ひとつは 0.1から10ミクロンの幅に もう一つは 10から100ミクロンの幅に存在する と説明します。

フィットテスト研究会によれば 人間の呼吸器全体は 0.1~1ミクロンの幅に防御の脆弱点を持っています。その弱点を補うべきマスクにも 同様に 0.1~1ミクロンの幅に阻止能力が落ち込む傾向が見られます。

ストークスの沈降式というのがあり 空中を落下する微小な水滴の終末速度の算出に使用されています。実際の観察事例から 現実の水滴の落下速度は ストークス式ではじき出されたものと 非常によく近似していることが知られています。この式を使って 通常私たちが経験する 風が舞い起きていることを容易に確認できる風速である 秒速2~3Mに逆らって水滴が落下しようとすれば その水滴は580ミクロンくらいのサイズがないといけないとわかります。注意していないとわからない程度の ほんの微風といえば 秒速0.2M程度ですが その風に逆らって落下するには 100ミクロンものサイズが必要なのです。このストークス式に従えば 通常私たちが言い聞かされている「0.5ミクロン以上であれば 床に落ちていくという

説明には まったく根拠がないことになります。事実 0.5ミクロンの水滴は 秒速1ミリ未満の落下速度しか示しませんので ほとんど永遠に空中を舞い続けるものなのです。

マスクって本当に効くの?

コロナウィルスのサイズは 0.1ミクロンといわれていますが マスクの阻止能力の評価では 通常は 0.055~0.095ミクロンの細かくつぶした食塩の粉を空中に懸濁し その懸濁した空気をマスクを通じて濾過する事で マスクにどれだけの阻止効果があるのかを調べます。N95マスクというのは 食塩の粉を95%以上阻止できるから 「N95 と呼ばれているわけです。WHOが 今年6月に発表した (日本のマスコミが 「WHOがマスクの着用を「推奨した」」と ここぞとばかり喧伝したときです)資料の中では 皆さんがよくしているポリプロピレン製のマスクの 理想状態での阻止能力は わずかに6%(表情筋の動きや マスクのへたりで この阻止率は下がっていきます)、ガーゼマスクや ハンカチを再生利用したようなマスクでは まったくといっていいほど阻止能力がないのです。

東京大学の実験結果をもって 「(やはり)マスクに効果あり」という報道がかまびすしかったですが この実験は 小さなチャンバーの中で湿度が高めとなり 飛沫が痩せていきにくい形式で行われています。飛散側から吸引側までの風速が秒速2Mという通常の会話では起きそうもない高速で 飛沫を飛ばしています。つまり飛沫は 乾燥する暇を与えられず ほとんどもとのサイズを保って吸引側にぶつけられたことでしょう。5ミクロンの飛沫が そのままのサイズを保って飛んでくるのであれば マスクは飛沫のかなりの部分を阻止できます。 まして 表情の動かない つるつるの肌をしたマネキンの顔に装着されているのであれば なおさらでしょう。

危害要因分析を阻む 私たちを縛っている得体のしれない迷信群

こうやって眺めていきますと まず私たちは5ミクロンという科学的には根拠のない数字に頭が縛られているという事になります。2Mのディスタンスが防御として機能するには 飛沫のサイズは100ミクロンを超えるものでなければならず ここまで大きくなりますと光の当たり具合にもよりますが キラキラと輝いて目視すらできるものです。巨大な飛沫であれば パーティションは防御として役に立つでしょうが 私たちの口から出ている飛沫は はるかに小さいサイズであることが多く たとえて言えばタバコの煙です。タバコの煙がパーティションなどでは防げないように 自由に浮遊している飛沫もまたパーティションで阻止はできないのです。喫煙席と 禁煙席の間に アクリル板を立てるだけでOKといっているような喫茶店はあり得ないでしょう。

本年9月末に 関西大学の学生達と (一社)食品品質プロフェッショナルズにかかわる社会人を動員して得られたアンケートの結果を示しています。学生と社会人の間で コロナ肺炎の脅威の評価はよく似たものとなっています。両者とも 対策としては 換気を筆頭に挙げました。パーティション、大皿、休業要請では 社会人の評価の分布は 有意な変化をみせ なかでも 休業要請は 社会人の評価の平均値が 費用対効果が低い方にシフトしています。特に学生側の自由記述で 飲食店を選択する際には とりわけ店員のマスク着用、ついで パーティション、ディスタンスといった 目で見てわかる指標が重要視されていることが分かりました。頭では換気が大事とは理解していても いざ自分が店にはいるとなると ほかの指標 それも目で見てすぐにわかるものに飛びつきがちとなっていることが観察されます。

結局効くのは 換気と濾過:HACCPの手法に立ち返ろう!

おおもとに議論を戻しまして 対策としては何が一番有効かとの疑問に対しては やはり感染症病棟で実施されている換気と濾過が一番ではないかと感じています。

感染症病棟では アメリカCDCも 日本の厚生労働省も 一時間当たり12回の換気を推奨していますので これが第一です。しかし 12回の換気回数というのは通常の施設では なかなか簡単には達成することができない高い目標です。そこらの建物の中では 3~4回の換気が組み込まれていればまだましな方で ドアが開いたときの自然換気だけがすべてといった程度のものも珍しくはありません。換気回数を増やすには 空調機器での空気の取り入れの割合を増やすだけではなく その暖房能力、冷房能力の強化をすら図っていかなければならないので 設備投資を覚悟しなければなりません。その設備投資額が(飲食店にとっては)巨大な額となりがちなため 次善の策として空気の濾過を勧めています。

エアコンの送風量は 室内容積の12倍をはるかに超えていることが通常ですので このエアコンの吸い込み口あるいは吐き出し口に中性能フィルターを噛ませたら 多くの飛沫はそこで阻止されることになります。私どもの行った実験では 中性能フィルターで 飛沫の3割以上を除去できているであろうという示唆を得ました。これは一回のエアコン通過での成績ですので 室内の空気を循環させ 何度も何度もエアコンを通過させていくと そのたびに空気はどんどん浄化されていくことになります。

厚生労働省のガイドラインでは 在室一人当たり一時間30㎥の新鮮な空気を供給すれば 労働災害を防ぐとされています。同じ考え方をコロナ肺炎対策にも応用可能です。そこらにある家庭用扇風機ですら 一分間に30㎥を吐き出していますので 扇風機をドアの外に置き 室内に向けてONにするだけで 部屋の中には60人滞在しても大丈夫という計算になります。

厚生労働省のガイドラインでは もし 感染者が複数いた場合には不安とおっしゃる向きには まさに喫煙者が多数存在する場面での換気量が ASHRAE Guide に規定されており 最大で一人当たり51~85㎥の換気量が求められています。このような換気回数・換気量は膨大な数字のように感じられるかもしれませんが 実はまともな設計のもとに作られた飲食店 とくに排熱をしっかりしないと夏場には従業員が熱中症になってしまうような火力をよく使用する厨房、あるいは排煙をしっかりしないと部屋中が煙で曇ってしまうような客席で火を使用するような設備を持つ飲食店では常識であって あえて意識しなくてもすでに達成されているものなのです。むしろ換気回数・換気量は 例えば大学を含む学校、図書館、病院の待合など いままで 排熱・排煙などの必要に迫られていない施設でこそ検討されるべきものでしょう。

HACCPの観点からは意外なほど安全な通常の飲食店

火を使うことの多い飲食店では 換気回数・換気量はすでに付与条件として達成されているはずです。火を使う事の少ない飲食店では 最も強力でありながらも目に見えない・・・つまり客にアピールしないためにあまり着目されていなかった換気回数・換気量を見直してみて もし自店では不足があるなら 次善の策としてのエアコンでの濾過を組み込んでいくべきでしょう。これから寒くなり 換気を嫌がる傾向が出がちとなります。しかし コロナ肺炎対策には換気こそが有効という点をしっかり認識して 対策を進めていっていただきたいものです。

論文要旨

日本の飲食業におけるCOVID-19感染症対策の社会的費用対効果から見た過不足
Measures adopted by Japanese restaurants and caterers for a control of COVID-19 pandemic spreading in the society, and those excesses and shortages on a scale of cost-effectiveness

広田鉄磨*
Tetsuma HIROTA

Abstract. In this report we try to highlight cost-effectiveness of the control measures adopted by restaurants and caterers after adding a new view-angle of 1. much less cases of contact infection than perceived by the public that casts a question on cost-effectiveness of alcohol disinfection requested at the entrance of the restaurants, 2. For droplets to fall in the air it requires at least >100 micrometer diameter that is far bigger than the size of droplet infection (>5 micrometer) in the public document that leads us to a need of reviewing 2 meter social distance is appropriate or not that is widely believed to be enough for the droplets to fall all onto the floor, and 3. Masks we wear are not designed to intercept droplet nuclei (<5 micrometer) thus not exerting effectiveness in preventing droplet nuclei infection (airborne infection). All these new insights will request us a revision of control measures currently adopted in the major cities and nation-wide in Japan that final objective is to reduce the social burdens that are painful but not as cost-effective as expected.

Key Words: COVID-19, droplet, droplet nuclei, airborne infection, social distance

本文

 東京都、大阪府、日本フードサービス協会などが飲食向けの感染防止症対策ガイドラインを上梓し、 とくに東京・大阪では店頭掲示用のステッカー発行も許可されているため 事業者側でのガイドラインの受容度は高いように見える。ガイドラインの中身を見てみると 接触感染(アルコールでの手指・機器消毒)と飛沫感染(マスクの着用、距離の確保、パーティションの設置)に傾注した内容という印象を受けざるを得ない。
本稿では まず 新型コロナ肺炎症においては 真の意味での接触型感染の寄与率は低く 頻繁に実施されているアルコール消毒にはあまり大きな費用対効果を期待できないことを明確にする。
ついで 最小限に見積もっても100ミクロン以上の飛沫でなければ空気中での沈降は起きえず 自由に空中を浮遊する5ミクロンの飛沫を前提としての距離の確保は強力な防御としては機能しえないことを解説する。
また 5ミクロン未満のサイズを飛沫核感染(空気感染)の原因とするのであれば 市販されているマスクに飛沫核の多くを阻止する機能は組み込まれておらず 我々がともすれば着用を強制しがちなマスクには 真の意味での抑制効果は期待できない。
以上をもってすれば 現在の感染防止対策群は抜本的な修正を必要としており 本稿では 現在採用されている感染防止対策群の費用対効果から考えて 過剰な投資を行ってしまっている群と 投資が不足している群があり これらを対比させることで 感染症対策群の社会的な負担を軽減させ費用対効果を向上させることを最終目的とする。        

* 関西大学 非常勤講師 (Parttime lecturer at Kansai University)

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