食品メーカー品質保証部門のお仕事【食品と科学】

食品メーカー品質保証部門のお仕事【食品と科学】

一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ会員の江川永が執筆した記事が、食品と科学 2020年12月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。

本文紹介

食品メーカー品質保証部門のお仕事

江川 永
Egawa Hisashi
(食品品質プロフェッショナルズ会員)

品質保証部門を希望する学生は・・・

2019年卒の学生に就職先として人気だった空運は、中国武漢発の新型コロナウイルスの大きな影響を受け、2021年卒の新卒採用を中止すると報道されていました。他にも就活学生に人気の旅行業、テーマパークなどの企業も業績に大きな影響を受けています。しかしコロナ禍においても食品メーカーの業績は堅調に推移しているように思われ、景気に左右されにくい業界として今後就職活動をする学生に注目されるかもしれません。

食品メーカーの説明会に来る学生に人気がある職種が商品開発です。一方、機械等のメーカーを志望する学生で開発部門を希望するのは、大学でそれなりの学部を専攻している学生ですが、食品メーカーの開発部門を希望する学生は、大学の専攻と関係ない人も多くいます。私は品質保証部門が長かったので品質保証を希望する学生が増えてくれれば個人的にうれしいのですが、あまりいらっしゃらないようでさみしく感じます。

品質保証は外から見るとなかなかイメージしにくい部門なのでしょう。様々な企業の品質保証の方が情報を発信してくださったり、テレビのドキュメンタリーやドラマで取り上げられたりしないかなぁと思っております。そうすれば品質保証の大切さが多くの人に認知され、日陰で虐げられている品質保証部門の地位が会社の中で上がるのではないかと妄想する日々を送っております。

社内でも品質保証部門は人気がない

食品メーカー志望の学生の希望職種もそうなのですが、食品メーカー内部でも品質保証部門は人気がありません。

私も人事異動の発表があった時に「おまえ品証に異動になるって嫌やろ。オレも品証におったことあってなぁ、なんべんも異動の希望出して、やっと出られたんや。」などと複数の人から言われました。その会社では品質保証部の中に消費者対応部門もあったので、クレーム対応が嫌で品証へ異動したくない、品証から別の部署に移りたいという人が多かったのかもしれません。

製造出身の人は工場のことをよく知っているし、本当の原因を見抜くのでとてもありがたい存在です。製造から品証に異動して来た人はとても活躍できる場だと思うのです。しかし製造部門のライン作業のような定型業務を得意とする人からすると、イレギュラーな業務が多い品質保証は出来れば配属されたくない部署なのかもしれません。

社内のブレーキ役

「こんな売り方したら売れるんじゃない?」、「こんな包装形態にしたらいいんじゃない?」、「こういうセールスコピーにしたらもっと買ってもらえそう」、「こういう配合にしたらロスが削減できる」などのアイデアが社内で持ち上がります。営業や開発、製造などが盛り上がっている話題にブレーキをかけるのも品証の役割です。法的に必要事項が満たされているか、危害要因に対するコントロールが出来るのかなどを検討しなければなりません。

悲しいことに「それええやん。やろう!」と答えられる事案は少なく、「原案のままやるのはダメですが、この点とその点をクリアすればOKですよ」と回答しなければならないことがほとんどです。他部署からは「品証のせいでダメになった」、「品証は頭が固いから、こっちの事情は全然考えてくれない」と言われてしまうことも少なくありません。会社を守るためには憎まれ役にもならないといけないのがつらいところです。

品証の知識を持った社員が増えていけば、このような誤解も少なくなると思います。品証の実務を数年経験してから、製造など別の部署へ送り出せるような体制を、会社には整えていただきたいものです。

品質保証部門は会社の中の嫌われ者

このように品証は会社の中でも煙たがられている嫌われ者の部署だったりします。いい話を扱う部署ではなく、問題になる恐れがある部分を潰していくのが仕事なのでどうしても煙たい存在になりがちです。

また、流通のお得意先様や保健所などの行政が来社された時なども品証がメインになって対応することが多いでしょう。監査ではご指摘を受ける部分もあります。いただいたご指摘は工場の改善のために大変貴重なものです。

製造は見られる感覚しかないのですが、品証は見る側の感覚も身につけてしまうからでしょう、私の場合は監査員が行うような指摘が品証の仕事のように思っていました。

会社のためと思って仕事をしているのですが、工場の管理監督職からはこのような言葉が返ってきました。「そんなことやってる人も時間もないの見たらわかるやろが!」、「そんなん言うんやったらおまえがやれや! こっちは忙しいんじゃ!」、「お前らはたまに来てなんやかんや文句言うだけで仕事になるんやからええのう。」、「おまえの手柄になんでオレらが協力せなあかんねん!」、「会社のフィロソフィーにも『現場第一主義に徹する』って書いてあるやろ。オレら現場のやることにツベコベ言うて来んなや!」など、建設的な言葉が返ってくる管理監督職はごくわずかです。

今これを書いていてもその人の顔や声がありありと思い出されます。「この前指摘したのに、なぜできないんだ!」とイライラし、「やる気がない人に役職を与え、なぜ人より高い給料を払っているのだろう。ルールを守らない人が、なぜ役職を外されないのだろう。」と当時は不思議に思っていました。今から思えばもっとうまい話の持って行き方があっただろうと思いますが、そのときは分かりませんでした。

これもダメ、あそこもできていないと指摘する裏には、「君たちは知らないだろうけど私はこんなことも知っているんだ。気づかない君たちに教えてあげるとしよう。」という優越感もあったのでしょう。今から考えれば恥ずかしい過去です。こういうタイプって認証規格の審査員でも見かけることありますよね。あんな感じでした。

校則に厳しい生活指導の先生って、頭が固くて、融通が利かず、嫌な存在でしたよね。しぶしぶ従っているものの、自ら進んで先生の言う通りにしようと思うことはなかったはずなのに、立場が変われば似たようなことをやっていたりします。

他部署に厳しく、自分に甘く

当時、品証の業務で多かったのは流通に提出する調査報告書の作成です。クレームの原因を調査し、対策を立てて報告書にまとめるのですが、中国毒餃子事件など消費者の不安を誘発するような事件や事故がたびたび報道され、次から次にクレームが入ってきました。今までの状況ならお申し出くださらなかった消費者の方も連絡をくださるようになったのだと思います。

来る日も来る日も調査報告書を製造する毎日でした。追いつかないからコピペで日付や宛名を変えて手抜きの調査報告書も作っていました。もちろん前回提出した文章を調べた上で、前回とやや異なる内容の調査報告書をコピペします。

しかしクレームというのはなぜか同じお店で続くもので、そういうときはコピペする元がありません。そもそも検証できるまで提出を待ってはもらえないので、こういうときは適当な原因を作って、効果があるかないか分からないような対策をやることにして、調査報告書に盛り込んでいました。

製造も自分で調査し、自分で考えて対策を立てるのは面倒ですし、品証が絡んできて時間をとられるのも嫌がります。なので適当に「この辺でええやろ」と思いつく対策を提示して追い払おうとします。製造リーダーの思いつきの対策はだれも効果があるとは思っていないので、しばらく経つと立てた対策も消えて元通りになってしまいます。

大体そんなにすぐ思いつくことであればクレームが発生する前に取り組んで、未然にクレームを防いでいるはずなのです。今まで知っていて放置していたところに原因が存在する場合もありますが、気づいていなかったところに潜んでいることのほうが多いはずなのです。しかし品証としては手っ取り早く調査報告書に書ける対策を求めます。このように製造と品証のなれ合いにより意味の無いルールが増えては消えていきました。

他部署には正論で指摘するのに、自分が関わった途端に楽な方に流れてしまうダメなやつです。このようなダブルスタンダードも製造の現実と品証の理想のギャップを広げる原因のひとつでした。

新しい役員

品証に所属して何年かした時、経営していた食品工場を清算した方が入社してこられました。バリバリの理系の方で品証を管轄する役員となり、その方の指導の下で品証に変化が起きました。

その方は会社に入ってきたばかりなのに、他部署と話をつけてくるのです。今までは「言っているのに工場が聞く耳を持たないから仕方ない。悪いのは品証でなく工場。」で済ましていたのですが、工場のレベルアップが進み始めました。製造と品証のギャップが小さくなっていくというとても不思議な現象でした。

その役員は一生懸命拙い私(や課員)を育てようとしてくれました。食品の知識や品証としての考え方も教わりました。「ネットや本に書いてあることはウソもある。高名な先生でも孫引きの怪しいデータを引用して、都合のいい論文を書いていたりする。いいと思ったらそれを自分でやってみて確認すること。どんな結果でもいいから、調べたらそのデータを私に見せに来てくれ。」と言うのです。理系の人なので「同じ条件でやれば誰がやっても同じ結果になる」と言われ、再現性も重視されていました。既存のデータの洗い直しなどいろんな実験を、課内の人やら製造の人に協力してもらってデータを取っていきました。加熱による重量の変化、解凍時間と温度の推移など様々なデータがそろっていきました。

「実際やってみて、再現性があるか確認することで会社とお取引先様のバイヤーを守るのが品証の役割」とたたき込まれました。「取引先のバイヤーは我々の商品が安全であると信じて採用しているから我々の味方である。取引先の品証は店舗等での扱いが問題ない仕組みを構築することが仕事である。だから取引先の品証は自社内で問題がない、つまりメーカーに原因があったのではないか?という証拠をそろえてくるので、我々はそれに耐えうる記録やバックデータを我々とバイヤーのためにそろえておくのが仕事である。」と諭し、クレーム発生の時も良い機会ととらえ、バックデータや仕組みが次々に構築されていきました。

他にも品証の感覚をつけさせるために目をつけた製造の管理職を品証に異動させたこともありました。こんなこともあり、製造と品証のギャップが非常に小さくなっていきました。

また、コミュニケーションの方法についても指導がありました。役員室に呼び出されて注意されたり、買った本を渡されたりしました。しかしコミュニケーションの方法については当時の私のレベルが低すぎて理解できませんでした。「筋が通ったやるべきことをやらない奴のほうがおかしい」と思っていたので、その枠の外の世界を理解することができなかったのです。

その方は家族を置いて単身赴任されていたので、数年で退職し地元に帰られました。社内ではしばらくは余韻が残っていたのですが、その後やはり製造と品証のギャップは広がっていったように思います。

調査報告書を作るための対策からの変化

クレームが発生したら対策として新たにルールが設定されていきました。しかし新たなルールは「流通や消費者に二度と迷惑をかけないため」ではなく、「調査報告書を書くため」のルールが多かったのが実情でした。効果があるかどうかは二の次だったので、クレームが目に見えて減ることはありませんでした。

会社にコンサルが入り、組織変更がありました。私は品証を離れていたのですが、製造委託品のバイヤー部門で品質保証業務を行うことになりました。製造委託先の工場と協力して、製造委託品のクレームを減らすことを命じられました。

なんとここではクレームの調査報告書を書く業務がありません。ですので調査報告書のための対策を急いで練る必要がないのです。本当の原因を調べて潰していくことができる環境に投げ込まれました。現状を調査し、仮説を立て、製造委託先の責任者と打ち合わせて対策をしてもらうことを、じっくり腰を据えて行えるようになりました。

それまでは調査報告書を営業担当者に渡した時点で全て終わり、次のクレームが出るまでは気にしていませんでした。しかし対策後の経過を見て、本当に自分が立てた仮説どおりの原因だったのかまで気になるようになったのは大きな変化でした。そのおかげか、製造委託品のクレームは半減したのです。会社が働く環境を変えたことでクレーム件数が変化してしまったのです。

調査報告書の作成製造委託先の衛生指導
組織変更前品質保証部品質保証部
組織変更後品質保証部開発部のバイヤー部門

役員が伝えたかったコミュニケーション方法

私が品証から製造委託品のバイヤー部門に異動するまで間、自社工場の原料購買部門にいました。そこの管理職がくせ者でした。「値段が下がらないのであれば、下がるまで何度でも業者を呼んで商談しろ。」、「目標コストまで下がっていないが、その分●●はサービス残業をして気を遣っている。それなのに他の者はさっさと帰っているとはどういうことだ。●●を見習うべきだ。」、「下請法に違反したところでばれることはない。相手業者は納得してやっているのだからそれを公取に申し立てることはない。だから守る必要のない法律だ。」など、コンプライアンスなどそっちのけで、さらに部下の手柄は全部自分のものにする人でした。

しかし自分を良く見せることに長けているので、上からは気に入られているという困った人でした。この人が原因で課員も一人辞め、また一人辞め、その都度この管理職抜きで送別会を開き、退職という選択に至った人を見送りました。私もシフトをずらすなどできるだけ出勤日が重ならないようにしていたのですが、いつになったらこの管理職から離れられるんだろうと毎日悲嘆に暮れていました。

このような精神をむしばまれる日々を過ごす中で、心理系の本を読んだりセミナーに通うようになりました。そこで人の心理やコーチング、カウンセリングの手法を知ることになります。今まで「人の話を聞いている」と思っていたのですが、カウンセリングの実技演習をやってみると「聞こえていただけで聞いていなかった」ことを思い知らされます。前出の役員が私に伝えたかったのはもしかしてこれなんだろうかと思い至るようになりました。役員の言葉を理解するための基礎知識や土台となる感覚すらなかったので、あの当時はその言葉を受け止めることすらできなかったわけです。

傾聴で楽にスムーズに事が進むように

そこで習ったことは、相手を否定せずに「なぜその考えに至ったのか」興味を持って話を聞くと言うことでした。指摘や指導をするのではなく、その人自身が気づいていないその人の中にすでにある答えを引き出す支援をするということです。それまで全くやっていなかったことばかり。特別にできの悪い生徒ですから、教える側もけっこうきつかったと思います。

2年間我慢して開発部の製造委託品バイヤー部門に異動できたので、製造委託工場の責任者と話す時に習ったことを使ってみました。「それはこうするといいです」、「そうじゃなくてこうすべきです」とついつい言いたくなるところをぐっと飲み込んで問いかけます。「現状はどうしていますか?」、「いつからそうしていますか?」、「それをやることでどんな効果がありましたか?」、「どのような経緯でこのルールに決まったのですか?」、「改めて現状を確認してどうお感じになりましたか?」と問いかけていきます。

一緒に現状確認をして製造委託工場の責任者の方々にこのように問いかけると、私が気づかないような問題点にも気づいてくれて自然とその対策が責任者の口をついて出てきます。すると改善がどんどん進んでいきました。

一部の製造委託先を除き、協議して決まったことをやらないという現象は起きませんでした。やってみたけどうまくいかなかったときは「こんな風にしてみると前回お伝えしましたが、○○という点で不具合が出たので△△という風にやってみたんです。そうしたららうまくいったんで今日見ていってください。」というように代案を自ら考えて、前進させてくれていました。

口に出かかっている指摘や指導の言葉をぐっとこらえるだけで、こんなにも楽に、スムーズに事が進むとは驚きでした。と同時に前出の役員が製造と話をつけてきていたのは、こういう技を使っていたのかもしれません。ただその役員は自然と身につけたので、体系的な説明をすることができなかったのでしょう。

「あんたは現場を見てから言うんよ」

そんな中、クレームが続いていて訪問した製造委託先の顧問の方が「次来た時は泊まりがけで来なさい。一緒に飲みに行こう。」とおっしゃったので泊まりで出張することにしました。その方は定年後にその会社に引き抜かれた方で、非常に熱く語る人でした。

工場を見て、前回の課題の確認と今後の打ち合わせをし、カプセルホテルに荷物を置いてからさしで飲むことになりました。酒が進みご機嫌なようで、それまでのご自身のご経験など様々なお話を聞かせてくださいました。するとこんなことを言われました。

「オレは気に入らん人は会食には誘わんのよ。今日あんたとここにいるっちゅうことはそういうことなんよ。オレもその問題ついてはずっと対策を考えとったけど、あんたの話はその上を行く話やった。あんたは軸があるんよ。そやけん現場に入って実際見てから言うんよ。あんたはすばらしいんよ。オレがちゃんと納得する理論的な話をあんたはしよるんよ。」

原因は訪問する前から予測は付いていたのですがそれは言わずに、予測していた工程を録画し、ビデオを見てもらってから、「ビデオを見てどう感じました?」と問いかけただけです。問いかけに対してご自身で対策を語ってもらった後に、他社事例を少し紹介しただけなのですが、こんな風に感じていただけるとはありがたいことです。

食品メーカーの品質保証部門のお仕事

食品メーカーの品質保証部門の業務は一括表示の作成、パッケージの確認、微生物検査、アレルギー検査、理化学検査、社内文書の更新維持、クレームの再発防止など多岐にわたります。しかし一言でまとめると、「製造・販売がうまくいく仕組みを作って維持すること」でしょう。

品証は仕組みを作ることはできますが、維持することはできません。そして理想の仕組みを作っても、実際は運用できないような仕組みでは意味がありません。それならうまいこと持っていって担当部署に考えさせ、自分たちで仕組みを構築し運用してもらう方が楽です。品証では把握していない例外のパターンや、細かい部分のコツは製造などの担当部署にしかわかりません。

ただ、食品安全の観点からどのようにすればいいか、そのポイントは製造より品証のほうが詳しいことが多いでしょう。ですので、品証のお仕事というのは製造などその業務を行っている部署の「責任者の中にある気づきを引き出す支援をすること」ではないかと思います。

品証は法律や微生物などの専門知識もつけないといけないのですが、対人支援の技術も身につける必要があるのではないかと私は思うのです。それは天賦の才では必ずしもありません。お金を払って教えてもらうことで誰でも身につけることができる技術です。工場などとのやりとりに困っている品証の方は、コーチングやカウンセリング等の技術を習ってみると開けることがあるかもしれません。

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