一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ会員の江川永が執筆した記事が、食品と科学 2022年5月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。
1年後には8割減 食品への毛髪混入の減らし方(後編)はこちらから
目次
本文紹介
1年後には8割減 ~食品への毛髪混入の減らし方~ 前編
江川 永
Egawa Hisashi
(食品品質プロフェッショナルズ会員)
はじめに
以前勤めていた食品工場では自社工場で製造するほかに、約30社に製造委託をしていました。自社工場製造品より製造委託品のクレーム発生率が高く、長年自社工場製造品の4~5倍くらいで推移していました。
その内訳で最も多かったのが毛髪混入です。それまで対策をしていなかったわけではないのですが、結局は製造委託先に対して「どないすんねん!」、「なんとかせー!」と言うだけの対応に終始していました。今となってはただただ反省するしかないのですが、報告書を仕上げることが第一で、再発防止は二の次でした。
しかしこんなことをやっていて毛髪混入が減るわけがありません。心を入れ替え、なんとかしなければならないと各製造委託先と試行錯誤を重ねて行きました。製造委託先と一緒になって取り組んだところ、製造委託品の毛髪混入が19件/年 (2016.9~2017.8) だったのが 4件/年 (2017.9~2018.8)となりました。
毛髪が製品に混入するのは、「作業服に付着させて作業場に持ち込んだ抜け毛が製品に落下する経路」が大部分であると考えました。この原因に対処するためには「作業者全員が正しく丁寧に粘着ローラーがけできるようになる」ことに注力することが最も効率的です。
すべての作業者が粘着ローラーがけを正しく行うためには、どのようなやり方が正しいかを作業者全員が知っていければなりません。細かい部分まで共通の認識を持つために動画マニュアルを作成しました。各製造委託先に配布し、製造部門の責任者から作業担当者に動画マニュアルの内容を教育してもらいました。その結果、1年後には毛髪混入件数が約8割減となりました。
加工食品のお申し出
さまざまなお申し出が食品メーカーには寄せられてきます。液体や粉体のような最後にフィルターを通す食品以外ではおそらく異物混入が最も多く、中でも毛髪混入が最も多いお申し出であると思います。
しかし「毛髪ごときでいちいち目くじら立てるのも・・・」、「100円の商品でいちいちやりとりする手間を考えたらめんどくさいし、黙って捨ててしまおう」、「この部分だけ取り除いて使えば、使えないこともないし・・・」という消費者もいらっしゃるでしょうから、実際はお申し出いただいている件数よりも毛髪混入は多く発生していることは間違いありません。
毛髪混入ゼロなんて無理に決まっている
ほとんどの食品工場にとって最も頭を悩ませている異物が毛髪だと思われます。毎年「毛髪混入ゼロ」を目標に掲げていても、現実の毛髪混入防止対策は現状維持に終始している工場がほとんどではないでしょうか。正直なところ「これ以上削減は無理!」と諦めてしまっている工場も多いように思います。
- よく言われている対策はやっているけど、正直なところもうこれ以上対策をやれと言われても・・・
- 帽子の下にはいっぱい生えている状態で工場に持ち込んでいるんだから、毛髪クレームゼロなんてぶっちゃけ無理だと思う。
- 食べても死ぬわけじゃないし、ある程度は仕方ない。
- さらに追加の対策をしろと言われても、箱詰めの時しっかり検品するしかない。
- 時代が変わったのかも知れないが、髪の毛くらいでいちいち目くじら立てないでほしい。
- (開封してそのまま食べる食品ではないから)消費者のところで入ったんじゃないの?
「自分自身(の職場)は対策をしっかりやっている。これほどやっているのに毛髪クレームが出るのが不思議でたまらない。なんなら消費者のところで入ったんじゃないの?」と言ったところでしょうか。発生頻度は高いものの、リスクは低い異物なので取り組みの優先度は低くなりがちです。
しかしお申し出対応の処理コストを考えれば、毛髪混入が削減できた暁には大きなメリットが出せます。今一度、毛髪混入防止対策の優先度を考え直してみませんか?
開封後にひと手間加える加工食品の毛髪混入
私が以前勤めていた工場では魚肉練り製品を作っていました。開封してほぼそのままで食べられる食品ですから、開封後の商品のお申し出でも製造工程で不具合が発生したことが原因である可能性が高いとの認識でした。
自社で製造したパーツ(ごぼう巻やちくわ)と、他社から購入したこんにゃくや大根の水煮などと合わせたレトルトおでんも製造委託していました。自社製造の単品では異物混入のお申し出があるので、レトルトおでんに使っている自社製造パーツにも異物混入はあるはずです。しかしレトルトおでんでは「2個入っているはずの具材が1個しか入っていなかった」という入れ忘れのお申し出はちょくちょくあるものの、不思議なことに異物混入のお申し出はほとんどありませんでした。
レトルトおでんは、開封後に鍋に移すなどして温める調理過程があります。消費者が異物混入にお気づきになるとすれば食卓に並べた後です。しかしその段階で異物を発見されても、メーカーの製造工程で混入した異物であると100%の確信が持てないためお申し出が少ないのではないかと思われます。
メーカーとしても「クレーム言ってくる人はいるけど、お客様の調理過程で入ったんじゃないの? うちの工場はちゃんとやっているから本当のクレームなんて現状の半分もないよ。」などと高をくくっていたりします。実際はご連絡いただいて顕在化している何倍もの不具合が消費者から連絡いただけずに隠れています。また、お申し出のほとんどが製造工程に原因があると考えたほうが良いでしょう。
ただ、品証的には「消費者の調理過程で混入した可能性も否定できない」と言っておけば社内で波風が立つことはありません。このようにお茶を濁していても、食品業界に対する世間の目が厳しくなるようなことが起きなければお申し出が大幅に増えることはありません。消費者の所為にして現実から目を背けても、クレーム発生率は現状維持で推移するでしょうから、賢い処世術かもしれません。
お申し出くださるのは1/500?
10年以上前のことですが、毎月1回くらいしか製造しない商品がありました。フリーダイヤルが鳴り、「このあいだ買った、おたくのちくわの味がなんだかおかしいんだけど・・・」とのお申し出です。何本か残っているとのことで、着払いで送っていただけることになりました。届いたお申し出品の味を確認すると、正常品と比較するまでもなく明らかに変な味です。砂糖の入れ忘れでした。
工場では半バッチで作っても500パックは出来てしまいます。しかしお申し出くださったのはこの消費者お一人だけでした。それなりの数が消費者の口に入っているはずです。お申し出品が届いた時点で賞味期限は切れていたのですが、他のお客様からのお申し出はありませんでした。
また、中国毒餃子事件があった2008年は、2007年よりはるかに多くのお申し出をいただきました。工場の管理レベルが大幅に落ちたわけでも、製造数が大幅に増えたわけでもありません。普段連絡くださらないお客様がお申し出くださった結果だと思います。しかし食の安全を大きく揺るがした2008年であっても、お申し出くださらなかったお客様もいらっしゃることでしょう。
このように企業側が知り得る件数というのは、実際にご迷惑をおかけした不具合のごくごく一部でしかありません。ご連絡いただいたお申し出の中にはお客様の誤解も混じっているでしょうが、それ以上にご連絡いただけないお申し出が相当数あるはずです。
毛髪混入の原因調査
ガラスやプラスチック、金属、石などの硬質異物は口の中を傷つけるので、もし硬質異物混入のお申し出があれば色、材質などをもとに原因箇所がどこなのか念入りに調査します。そして破片が破損箇所とピタッと一致すれば原因箇所も特定出来ます。
しかし毛髪は口を傷つけるわけでも病気の原因になるわけでもなく、単に気持ち悪い不快異物でしかありません。ほとんどの人の頭の上に生えているので、抜けた箇所や混入経路を特定することはまずできません。ですのでなぜ入ったのかは頭の中で想像するだけで、実際調査まですることはほぼありません。
対外的な報告書に書く対策も、想像で考えた原因に対する対策を記載することになります。むしろ「良いとされている毛髪混入防止対策の通説」を先に挙げて、それに適合している原因を編み出して報告書に記載していると言った方が正確でしょうか。ヘアネットを静電気機能付きのものに変更する対策を決めてから、「原因は作業中に帽子の中から毛髪が落下したため毛髪混入が起こった」のような作り方を私もよくしていました。
報告書のための対策
お申し出があると原因を究明し、対策を立て、消費者や流通、ときには行政に対し報告書を提出しなければなりません。報告書の提出は期限が伴います。いつまでも置いておくわけにはいきません。
他の業務もやらないといけないし、製造に原因調査と対策立案を依頼しても「気ぃつけるようみんなに言うとくわ。」で終わり。具体的にどうなのかよくわからないまま、営業からは「報告書まだ?」との矢の催促。こんな状況で苦し紛れにそれらしい原因と対策を書いた報告書を営業に持たせることもよくある話(図1)だったりします。
図1 得意先に提出する調査報告書の製造者になっていませんか
毛髪混入はいつどこの工程でどのようにして入ったのか特定することはまず不可能です。よって原因は推定することしかできません。しかも良くあるお申し出ですので手抜きの報告書になりがちです。私も品証時代は毛髪クレームの報告書は毎回コピペで作っていました。しばらくするとまたお申し出がありますが、同じ流通で続けて発生することは稀なので報告書は使い回ししていました。
お客様に対して早い対応をすることは大切です。毛髪混入に限らず、原因がつかめない時にはスケープゴートの原因を作り出して、報告書の体裁を整えないと収まりがつかないこともあります。
本当の原因をつかまなければ再発するのはわかっているのですが、私の場合はコピペ・印刷・押印した報告書を営業に渡せば仕事が終わった気になってしまい、しばらくして再び毛髪混入が発生する、同じことの繰り返しでした。
報告書の体裁を整えるための対策に終始している限り、毛髪混入はたいして増えもしないのですが減ることもありません。
営業はお客様に説明しやすい「具体的対策」を求めます。品証も報告書に書きやすい「具体的対策」が製造から聞きたいものです。目先の業務を片付けるために欲しいのは「具体的対策」ですが、本当に必要なのは「効果のある再発防止策」です。そのためには、まず毛髪の混入経路の仮説を立て、仮説に対する現状の調査が必要です。
製造現場の対策の現状
製造も製造で、毛髪混入のお申し出があったところで「毛髪混入がまた発生しました。みんな気をつけるように。」と職場朝礼などで訓示するだけで終わっていることも多いでしょう。そして社内で回した対策書には「再度従来のルールを確認し、課員に周知しました。」と言った感じの文言が書かれ、製造から品証に返ってくるのです。これでは何も変わらず、しばらくするとまた毛髪混入が起きます。
かと言って、「こんな対策じゃ再発防止になっていない」と製造に言ったところで「うちの工程で入ったっちゅう証拠でもあるんか! そんなん原料に入っとったんやろ。そういう原料を買っている購買に言えや!」、「うちの工程で入るはずがない。後ろの工程で入ったんやろ。こっちにばっかり言ってくんな!」と返されてしまいます。(他社ではどうなのかわかりませんが・・・)
このようなストレスが貯まりまくる対立を避けようとし、品証と製造が悪い意味でのもちつもたれつの共犯関係に陥り、一時しのぎの表面的な対策ができていきます。そして手間は増えるけど効果があるのかよくわからない対策が次から次に増えていきます。「昔からやっているから~」などのような感じで、効果の検証無く続けているルールでがんじがらめになっていませんか。
得意先に提出する報告書には「お申し出を受け、即効性のある対策を実施済みです。」と書いて、「今店頭に並んでいる商品は絶対大丈夫ですよ~」みたいな感じに仕上げないといけないといけません。しかし毛髪混入対策に特効薬はありません。1日で完了する対策はなく、数ヶ月かけて対策しないと効果が出ないものです。報告書はセレモニーと割り切って営業が「説明しやすい対策」を記載することもあるでしょうが、品証と製造は「効果のある対策」を地道にコツコツ積み上げていく必要があります。
毛髪混入防止の基本と言われている対策
食品工場で実施している基本的な毛髪混入防止対策は、こんな感じではないでしょうか?
- 食品工場用の作業服を着用する。
- 作業服の開きはボタン留めではなくファスナーにする。
- 袖口とズボンの裾に絞りを入れ中から体毛が落ちないようにする。
- 帽子は首まで覆う頭巾帽にする。
- 帽子の下にはヘアネットを着用する。
- 毛髪がはみ出さないように着用する。
- 身だしなみチェックをする。
- エアシャワーを通ってから作業場に入る。
- 粘着ローラーをかける。
- 当番を決めて作業中に粘着ローラーをかけて回る。
- エアシャワーに粘着シートを貼る。
- 粘着マットを設置する。
- 入口に写真(イラスト)付き粘着ローラーがけマニュアルを掲示する。
毛髪混入防止対策として具体的対策をさらに編み出さなければならないときは、次のような対策強化をやり始めます。
- チェック強化系
- 箱詰め前に異物目視検査工程を入れる。またはチェックする担当者の人数や回数を増やす。
- 粘着ローラーがけをちゃんとしたら○をつける「自己チェック記録表」を導入する。
- 回数増やす系
- 粘着ローラーがけのタイマーの時間を伸ばす。
- 例 30秒 → 60秒
- 作業中の粘着ローラーがけの回数を増やす。
- 例 2時間に1回 → 30分に1回
- 作業場にたどり着くまでの粘着ローラーがけの箇所を増やす。
- 例 1回だけだったが、2回粘着ローラーをかけないと入室できないようにする。
- 粘着ローラーがけのタイマーの時間を伸ばす。
- 設備投資系
- 静電気で毛髪を落としにくくするちょっとお高いヘアネットに変更。
- くぐると静電気を取り除く紐をぶら下げる。
- 監視カメラを導入する。
しかし結局は報告書のための対策なので、効果はあまり期待できません。
チェック強化系対策
検品工程はずっと続けることができれば良いのですが、今まで検品者を置いていなくても問題無かったので1ヶ月位すると元に戻ることが多いでしょう。結局は一時的なパフォーマンスに終わることが多い対策です。金属検出機とは違い、目視検品ではそもそも製品の表面しか検品できないので、あまり効果は期待できません。
自己チェック記録表はあくまで自己判定です。自分で自分の粘着ローラーがけができていないと思っている人はいないので、「×」が付くことはありません。「○」を書くお習字の練習用紙になってしまっています。○を上手に書けるようになったところで毛髪混入は減りません。
回数増やす系対策
タイマーで粘着ローラーがけの時間を管理している工場もあります。流通系の監査員には非常に受けが良いので、この点はお勧めです。タイマーが設置されいて、粘着ローラーがけマニュアルが掲示してあって、エアシャワーがあれば、毛髪混入が少なくない工場であっても「この工場は毛髪対策ができているから◎」と判断してくれます。
しかしほとんどの作業者はタイマーが鳴るまで「同じところを何度もかけているだけ」で、隙間なく全身に粘着ローラーを転がしている人はあまりいないでしょう。そもそも手洗いタイマーで設定できる30秒や60秒で全身に粘着ローラーをくまなくかけることはできません。
作業中の粘着ローラーがけの回数も同様です。当番は背中にしかかけませんから、背中以外に毛髪が付着していれば作業中の巡回では取り除くことができません。また、作業者が入室してから作業服に付着している毛髪が、当番の巡回前に製品に落下すればクレーム発生です。
粘着ローラーがけの関所を増やすのも意味がありません。粘着ローラーのかけ方は筆跡と同じです。その人はその人の癖で、毎回同じところしか転がしません。関所を増やしたところで再び同じところを同じように転がすだけです。何度粘着ローラーをかけようが、転がしていないかけ残しを埋めることはできません。
設備投資系対策
金で解決の設備投資系対策は品証にとって非常にうれしい対策です。報告書を作成しなければいけないけれども、同じ流通さんで続いてしまいネタ切れの時は、神様からのプレゼントのように感じます。しかしその対策は本当に効果があるのか見極めなければなりません。
監視カメラはフードディフェンスの面からも導入するところが増えてきました。やる気のある品証は監視カメラで粘着ローラーがけの様子をチェックして、できていない作業者の動画を切り取って「職場責任者からこの作業者に指導してください」と各職場に切り取った動画ファイルを配布したりします。
しかし実際は製造の職場リーダーが指導対象の作業者に対して「品証が見とるんやから気ぃつけろよ」「録画されとるんやからちゃんとせなあかんぞ」と一言注意して終わりにしてしまうことが多いものです。
品証から渡された録画を確認することもまれですし、その動画ファイルを指導対象者と一緒に確認して、「この部分のかけ方が足りないのがわかるかな? この部位はこんな風に転がすんやで」と丁寧に指導することはほぼありません。これではせっかくの監視カメラのチェックや動画編集の努力も無駄になってしまいます。
せめて品証と製造のリーダーが同席して編集動画を確認できれば良いのですが、忙しいとかいろいろ理由を付けて逃げられてしまうのが大体のパターンです。
単なる不織布のへアネットから静電気で落下毛を防ぐヘアネットへの切り替えも原因と一致していなければ効果がありません。作業中に帽子の中から毛髪が落下するのが原因なら効果があります。作業服に付着した抜け毛が原因であれば対策として機能しません。
さらに一歩進んだ毛髪混入防止対策
さらに進んだ対策として、ネットや食品衛生のセミナーでよく推奨されているのはこの3点です。
- 出勤前にシャンプーをして抜けかけている毛を落とす。
- 帽子をかぶる前にブラッシングして抜け毛を取り除く。
- 作業場の床掃除をして抜け毛が舞い上がらないようにする。
頑張っている食品メーカーではこれらの対策を取り入れていることでしょう。私も製造委託先に「進んだ工場ではこういう対策をやっているようなんだけど・・・」とさらなる対策を要求していた時もありますが、毛髪混入が目に見えて減った工場はありませんでした。やるに越したことはないのでしょうが、大きく毛髪混入削減に寄与することはありません。これらのさらなる対策は、「うちの工場はちゃんと毛髪混入防止対策をやっています」感を出すためのパフォーマンスです。プロセスのアピールであり、結果には結びつきません。
毛髪に詳しい = 毛髪対策に詳しい ?
どこの食品メーカーも関心がある内容ですので、毛髪対策と称したセミナーがときどき開催されています。
講師はだいたい前述のような複数の対策をするように言っています。多分誰かの受け売りか、そのまた受け売りなのでしょう。聞いてる側からすれば「そんなん言われんでも、もうやってんねんけど、、、」と言う感じです。
作業者は工場内にこんなに多くの毛髪を持ち込んでいる
「10万本/人の毛髪を持ち込んでいます。その内、1時間に最低2本抜けるとして8時間労働/日、10人の職場なら160本の抜け毛が発生しているんです。これが製品に入らないようにしなければいけません。」のようなことを言われます。
また「ある工場の床の落下毛を調査したところこれだけたくさん落ちていました。皆さんの工場は大丈夫ですか?」と言って、毛やゴミがいっぱい付いた粘着シートが画面に映し出されます。
「だから対策頑張らなあかんねんで!」と講師は言いたいのでしょう。たしかに動機付けはできるかもしれません。まだ自社で取り組んでいない画期的な「対策」が聞けるかと思って行ったのに、「毛髪」の話ばかりでモヤッとするパターンです。
人間の毛と動物の毛の見分け方
またあるセミナーでは、人の毛は髄がこんな感じで、キューティクルがこんな感じで、犬の毛は〜、猫の毛は〜、ネズミの毛は〜、、、と言うことを教えてくれます。話を聞くと毛髪に詳しくなった気がして、何だか毛髪混入が減らせそうなつもりになるものです。
見分ける知識は畜肉業界なら原料由来か製造工程由来かの判定に役立つかも知れません。しかしどんな動物の毛か見分けられるようになったところで、毛髪混入削減には直接繋がりません。
結局は「がんばれ!」と「ちゃんとしろ!」
このようなセミナーに行けば、抜け毛の平均本数など毛髪に関しては詳しくなることができます。しかし毛髪「混入」とその「対策」に詳しくなることはできません。結局、従来言われてきた毛髪混入防止対策を強化するしかないという結論で終了します。今まで毛髪混入防止対策は精神論の対策しかなく、具体策、具体例、理論はあまり話されてこなかったので仕方の無いことかも知れません。
セミナー受講後、「1時間に2~3本は毛が抜けているんやから、お前らちゃんとせなあかんぞ」と作業者に単なる号令をかけたところで毛髪混入は減りません。毛髪混入を減らそうと思えば、作業者にどうして欲しいか具体的な指示をしなければなりません。そのためにも、どうすれば毛髪混入を防げるのか、再度現状を確認して本当の原因を見つける必要があります。
毛髪混入経路の特定
どんな問題であっても対策を立てるためには原因の特定と究明が必要です。しかし毛髪混入防止対策については原因を特定することが困難なので原因究明もおざなりになりがちです。ただ、毛髪混入についてもある程度「混入経路の仮説」を立てることで、それに沿った対策を立てることができるようになります。
では毛髪混入は何が原因かというと「製造ラインまで毛髪を持ち込んでいる」ということです。製品に混入させた毛髪をどうやって製造ラインまで持ち込んでいるかというと、次のような経路が考えられます。
- 作業中に毛髪が作業服の中から出てきて、製品中に落下させた。
- 作業服に抜け毛を付着させたままラインに入り、製品中に落下させた。
- 元々原料に毛髪が混入していた。
- 原料の外容器(段ボール箱、紙袋、一斗缶など)に毛髪が付着していて、容器とともにそのまま工場内に持ち込まれた。
- 製造以外の人(工事関係者、製造機械などの業者、事務職スタッフなど)に食品工場に適した身なりをさせずに作業場に入れている。
- 例えば帽子をかぶっていなかったり、帽子をかぶっていても普通の野球帽
- 正規のルートで入らず搬入口や出荷ヤードからそのまま製造ラインに入っている。
作業服の中から毛髪が出てきて落下
作業中に作業服から毛髪が出てくることに関しては、食品工場に適切な作業服の選定、正しい作業服の着用などが対策になります。また破損した作業服(ゴムが伸びた、穴が空いたなど)の修理ルートを明確にすることで、不適切な作業服の着用を防ぎます。
作業服に抜け毛を付着させて持ち込む
作業服に付着している毛髪は粘着ローラーで取り除きます。
原料由来
特定の商品でお申し出が続くので推察しやすいと思います。これについては原料メーカーに改善を申し入れる、代替メーカーに変更する、自社で選別してから使う、などの対策が考えられます。
原料容器に毛髪が付着
原料容器への付着は搬入業者に対し搬入時のネット着用、工場内で開梱開封時の点検などが対策になるでしょう。
製造以外の人の入場
製造以外の人に関してはルールを明文化し、遵守させます。
いくら社内でルールを文書化していても外部業者からすれば知る由も無いので、業者を呼ぶ部署を巻き込まなければなりません。業者を呼ぶときは事前に連絡をもらい、入場のための服や帽子、長靴などを用意できるようにします。
ネットで「使い捨て防塵服」「使い捨て保護服」などで検索すれば安いつなぎ服が出てきますので参考にしてください。ただフードは視界が悪くなるので、労働安全上、製造作業者と同じタイプの帽子を用意した方がいいでしょう。また正規の工場入口以外からしか入ることができない場合もあります。その場合は、他の入口にも粘着ローラーを設置します。
最も毛髪混入の原因になりそうなのは?
元々原料に毛髪が混入している場合は原料の変更で止まります。原料の外容器に付着している場合は開梱室を設け、内袋だけ持ち込むなどで防げますので割と簡単です。
製造工程において毛髪混入原因になりやすいのは、次の2点(図2)のいずれかであろうと考えられます。
- 作業中に毛髪が作業服の中から出てきて、製品中に落下させた。
- 作業服に抜け毛を付着させたままラインに入り、製品中に落下させた。
図2 はみ出してきた毛が混入するのか、作業服に付着した抜け毛が混入するのか
私が入社した20年前は首が見える形状の帽子で、作業服の着用もいい加減、洗濯でゴムが伸びた帽子をかぶっている人もいる時代でした。しかし今はきっちり作業服を着用している工場がほとんどです。だいたい毛髪がはみ出ていたところで、はみ出した毛髪が抜けるとは限りません。毛根が頭皮にしっかりくっついていればはみ出していたとしても毛髪混入は起きません。
ただ、はみ出したまま誰も注意しない職場は意識が低いので、ある意味問題がある職場と言えます。「髪の毛、帽子から出てきてるで」「ありがとう、ちょっと直してくるからここ見といてくれる?」「ええで、行っといで」のように気軽に言える雰囲気が良い職場の方が、何かとトラブルも未然に防げそうです。
と言うわけで作業服に抜け毛を付着させてラインに持ち込んでいるのが大きな原因と私は考えます。すでに抜けている毛髪ですから、いつ製品に落ちても不思議ではありません。作業者全員が作業服に抜け毛が1本も付着していない状態で作業場に入室するようになれば、毛髪混入ゼロも夢ではありません。
どのような経路で抜け毛が製品に混入するのか
毛髪が抜けて製品に入るにはどのような経路があるのでしょうか? 図3は経路の一部を推測したものです。こうして見るだけでも様々な経路があります。そして頭皮からダイレクトに製品に入るのではなく、かなりの段階を経て製品に入ることがわかると思います。
図3 頭皮から製品まで毛髪が移動すると思われる経路
毛髪混入経路のどこを遮断すべきか
出勤前のシャンプーや帽子着用前のブラッシングは本人の毛髪にだけ着目したものです。これでは図4のハサミの部分の経路しか遮断できません。
図4 シャンプーやブラッシングで遮断できる経路
床掃除も同様で、図5のハサミの部分の経路しか遮断できません。
他の経路がたくさん残っているので、前述の対策だけでは毛髪混入を防ぎきれないことが視覚的にわかります。
例えば私服には本人以外の抜け毛が付く機会もたくさんあります。自分以外の抜け毛が私服に付着し、更衣室でハンガーに掛けた私服と作業服が交差することにより、私服に付着していた本人や他人の抜け毛が作業服に移るパターンもあります。
本人の私服と作業服の接触だけでなく、他の人と作業服との接触で抜け毛が移ることもあります。作業服に着替えた人と、出退勤の私服の人や帽子をかぶっていないスタッフ部門の人などとの接触もあります。すれ違う場面だけではなく、食堂や休憩室などで机や椅子を介して抜け毛が移ることもあるでしょう。クリーニング済みの作業服置き場で自分の作業服を探しているとき、他の人のクリーニング済みの作業服に抜け毛を落としてしまうこともあります。
また家に持ち帰って作業服を洗濯しているなら、洗濯槽や作業服をたたむ時に床から家族やペットの毛が移ることもあります。
クリーニング業者で洗濯してもらっていても、抜け毛の付着は起きるはずです。クリーニング工場の作業者が毛髪混入対策しているわけではないので、クリーニングの工程で抜け毛が付くことも考えられます。クリーニング業者がクリーニング済みの作業服を持ってきてくれたとき(写真1)に抜け毛が付着する可能性もあります。
写真1 クリーニング済み作業服の返却
これらは出勤前のシャンプー、帽子着用前のブラッシング、床掃除では遮断できません。
ではどこで遮断すればいいかと言うと、図3の矢印が集まっているところです。その一点こそ「粘着ローラーがけ」なのです。あれこれ対策するより、対策にかける労力をこの一点に集中させるべきです。
粘着ローラーがけを作業者全員が正しく丁寧にできるようになれば、毛髪混入は必ず減ります。粘着ローラーがけの徹底をしたところで、今以上に大きな経費が必要になるわけではありません。誰でも、どの規模の食品メーカーでも出来ることです。ただ、今まで徹底してやってこなかっただけです。
毛髪混入を防ぐハードルを分類してみると
毛髪が製品に混入する経路を直線的に簡略化したものが図6です。
図6 毛髪を工程内に持ち込むに至るハードル
出勤前にシャンプーをして抜けかけている毛を落とす → 帽子をかぶる前にブラッシングして抜け毛を取り除く → 昨日の使い回しではなく、毎回クリーニングから返ってきた新しい作業服を着用する → 上から順番に、ネットをかぶって、帽子をかぶって、上着を着てからズボンを穿く → エアシャワーを通過する → 粘着ローラーをかける → 手洗い消毒して入室、と言う工場を想定しています。
作業服に毛髪を付着させて工程内に持ち込むに至るハードルは「①毛髪を付着させない環境作り」と「②毛髪を取り除く工程」の2種類に分類できます。
しかし「①毛髪を付着させない環境作り」をいくらがんばっても、毛髪が作業服に付着する確率を減らすことしか出来ません。作業服に付着した毛髪を工程内に持ち込ませないためには、やはり「②毛髪を取り除く工程」をしっかり機能させなければいけません。
毛髪混入が起きる度に「①毛髪を付着させない環境作り」のところにハードルを増やし、労力がかかる割に効果が見えないどつぼにはまっていませんか(図7)。毛髪を付着させない環境作りの対策の方が報告書に書きやすいですからね。
図7 毛髪を付着させない環境作りに注力しても・・・
1年後には8割減 食品への毛髪混入の減らし方(後編)はこちらから
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