(一社)食品品質プロフェッショナルズ 西山 哲郎
食品安全に関するリスクコミュニケーションが関係者の努力にも関わらず、うまくいかないとの指摘が多い。今回は、労働安全衛生や防災などで使われるハザードコミュニケーションと比較することで、なぜうまくいかないかを考えたい。
食品安全におけるリスクとは、「食品中にハザードが存在する結果として生じるヒトの健康への悪影響が起きる可能性とその程度(健康への悪影響が発生する確率と影響の程度)」と定義されている(内閣府食品委員会)。
リスクコミュニケーションとは、リスクについて関係者が情報や意見を交換することにある。
日本の今日における食品は、通常の使い方をしている限りは、ほぼリスクは無視できる。すると、「輸入食品のリスクコミュニケーション」や「食品添加物のリスクコミュニケーション」といったこと自体が、ヒトの健康への悪影響が起きる可能性とその程度がほぼ無視できると考えられ、そもそもリスクがほぼないところで、何の情報や意見をやりとりするのかということになろう。
同様にゼロリスクはないのだから、無視できるリスクはないとの意見もあろう。食中毒事案はなくなっておらず、今まで見過ごしていた食中毒が科学や関係者の尽力で明らかになっている今日、そのような食中毒を明確にするためにはコミュニケーションが重要であると思われる。ゼロリスクはないのは事実であるが、食品安全上のリスクは、健康への悪影響が発生する確率と影響の程度であるので、確率がゼロであるのか、影響がゼロであるのかは、明確に伝える必要があると考える。おそらく、この世の中、全てのことに確率がゼロということはない。しかしながら、影響がゼロということは多いのではないか。ゼロリスクはないというのは、確率がゼロということはないと言っているのだとしたら、やや乱暴な議論かもしれない。
さて、労働安全衛生や防災では、リスクコミュニケーションではなく、ハザードコミュニケーションが行われている。労働安全衛生におけるハザードコミュニケーションでは、国連の世界的な制度の下に、日本や欧米でも化学物質を中心に法的な規制がなされている。もちろん、規制にあたって、影響の程度は科学的に検討されているが、コミュニケーションの中心は危ない化学物質を明確にして、それに対する安全策を徹底することである。つまり、ハザードそのものを明確に表示して、周知徹底することが図られている。影響の程度が無視できる化学物質は法的規制の対象ではない。防災においても同様で、影響の程度を科学的に検証した結果、地域の自然災害がハザードマップなどにまとめられ(つまり表示され)、自然災害に対する周知活動が行われる。
一部の化学物質の規制に関する法令は、規制対象の化学物質を使った小売用の商品にも適用されるが、その時に安全情報はその他の情報と明確に区分することが求められている。塗料でいえば、色やどのような素材に塗布できるかといった商品の選択に関する情報と使用された化学物質の情報は明確に分けられる必要がある。これは、商品の選択に関する情報と安全に関する情報が一括して表示される食品表示とは対照的である。
ノロ・ウィルス、腸管出血性大腸菌O157、リステリア・モノサイトゲネスなど、食品安全上、健康被害が収まっていないハザードも多い。一部の食品の風評被害につながるといった懸念もあるだろうが、風評被害がでないようにリスクを伝えるのが、本来のリスクコミュニケーションであろう。防災において、不動産価格が下落するので、ハザードマップが改竄されるということがあってはならないように、食品安全リスクも、課題が残っている限り、問題を起こしているハザードのコミュニケーションにもっと注力すべきかと考える。
東日本大震災から8年経過し、改めてハザードとリスクについて考えてみるのはどうだろうか。
2019年3月13日更新