一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ代表理事の広田鉄磨が執筆した記事が、食品と科学 2016年4月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。
冒頭紹介
はじめに
日本では現在のところ、飲食店において完璧に機能する形でHACCPを導入しえたという成功事例を聞きません。例えば、EUで飲食店のHACCPがすでに義務化されているのに比較すると、大きなリードを広げられてしまったといわざるを得ません。厚生労働省主導で、各地の食品衛生監視員(食監)に対してHACCPトレーニングが開始されているとは聞きますが、2005年発行の“FAO/WHO guidance to governments on the application of HACCP in small and/or less-developed foodbusinesses”では、当時の日本の状況の報告として「食監に対して3日間のHACCPトレーニングが提供された」と報告されていました。そのトレーニングの事実はどこにいってしまったのでしょう。まして、このFAO/WHO文書のタイトルは、小規模または展開の遅れている食品事業者・・・であって、当然ながら飲食業もその範疇に入っています。FAO/WHO文書の日本に関する章の中では、東京都、兵庫、和歌山、鳥取、愛知の自治体HACCPでは、すでに弁当やホテル・旅館のレストラン、RTE(Ready-To-Eat)に関しての取り組みを行っているとあり、スタート時点では決して遅れてはいなかったのに、いつの間になぜこのような大きな差を生じてしまったのでしょう。その「なぜ」について、私なりの考察を以下で行っていきたいと思います。
飲食事業者の対応
行政がその必要性の周知徹底に熱心とはいえなかったことに原因を求めることもできますが、飲食業の側でも自発的に取り組みとしてのグローバル化の意識の形成が遅れていたことは事実です。HACCPが世界の常識になろうとしている現在、いかに行政やメディアが気休めの言葉を並べたとしても、HACCPの展開なしでは世界を相手にする市場には勝負をかけられないことになります。この厳然たる事実にショッキングな形で接したのが昨年のミラノ万博であったわけで、そこに出店する事業者たちは、日本に特別に用意されたHACCPトレーニングコースを受講することを義務付けられます。新規の用語と、今までとは異なる手法の衛生管理に戸惑いながらもコースを完了し、ミラノ現地では慣れぬ点検表と記録にご苦労なさったことと思います。名だたる料亭などの料理長クラスの方々にこういった体験をしていただいたことは、日本の飲食業へのHACCP展開に向けての大きな契機となるはずでした。しかしミラノ万博が終了すると、潮が引くようにHACCP導入の機運はしぼんでいきます。HACCPの実体験は返って「あんな大変なこと二度とやりたくない」といった心理的な逆効果をもたらしてしまったかにも見えます。