一般社団法人 食品品質プロフェッショナルズ代表理事の広田鉄磨が執筆した記事が、食品と科学 2016年6月号に掲載されました。月刊 食品と科学様の許可を得て、公開しております。
目次
冒頭紹介
はじめに
前稿で対策の第1として、ビジネスリスクの考え方の導入(ビジネスリスクという尺度の上での判断、ビジネスリスク案件の危害要因としての採用)について叙述しました。本稿では対策の第2である(一局面における不良ゼロ達成という戦術目標が、全体として食品安全・品質を担保するという戦略目標にとって代わってしまうという)ゼロトーレランスという亡霊の呪縛からの開放、保健所の衛生監視指導との整合を図ることについて述べて行きたいと思います。
ゼロトーレランスという亡霊の呪縛からの開放
誤解の始まり
いつの間のことだったのでしょう。日本のHACCPの中にリスクの軽重にかかわらず、問題の発生を100%未然に防止するという考え方が入り込んできてしまったのは。1970年代にHACCPが初めて日本人の目に触れた折には、リスクを許容限度内に管理することが目的であったことは言うまでもありません。シックスシグマなどが日本でもはやりました。そこでは故障率をppmレベルにまで引き下げることを目標とするわけですが、これも1個1個のパーツの故障率をそこまで引き下げないと、例えば、多数の部品を組み合わせて作るロケット(そこまでいかなくても自動車)という過酷な条件下で運用されるシステムその総体での故障率を許容限度内に抑制できないからという全体目標達成のための個別事案におけるゼロトーレランスの追求でしかありませんでした。
日本の食品産業で金属探知機を導入する理由は、金属「粉」の混入までも全てを検出するため、エアシャワー導入するのは髪の毛に限らずすべての種類の体毛の混入を完全にゼロにするためと旗を振るのはいいのですが、それが全体目標にどうつながっているのかが明確には見えません。消費者苦情をゼロにするという全体目標があれば、それに沿っていることにはなるかもしれませんが、消費者苦情ゼロというのは蜃気楼のようなもので、いつまでたってもたどり着くことはできません。消費者の関心事は移ろいやすく、新たな事件が起こればそちらのほうに関心が向きます。昨日までは髪の毛中心であった苦情が、ある日突然、ゴキブリに変わったというのは、みなさまも経験なさったことでしょう。そのたびに想定もしていなかった大量の新しいタイプの久常に接し、それに対する対策が完了することにはもう苦情の対象は他に移ってしまっているわけです。
局面での戦術と全体での戦略との間での重要性の逆転
個別事案でのゼロトーレランス追求が必要以上に大きく取り上げられることを、日本人の潔癖さ、とことん物事を突き詰めないと気が済まない探究心の強さであると好意的にとらえれば救われるのでしょう。しかし、例えば私が二者監査させていただいた食品工場の多くで、髪の毛の混入には非常に配慮しているその反面、従業員のユニフォームは自宅で洗濯。ちゃんと洗濯できているのであれば問題はないのですが、一見しただけでも汚れは取れていないし、汚れがすでに乾燥していたり、まだ濡れていたり、と層のように堆積しておりかなり長くユニフォームを着用しているのが明白という事例に良く出会いました。
つまり、日本の食品産業の多くで、髪の毛の混入という品質事案に過ぎないことが(ユニフォームの汚れで媒介されるかもしれない)食中毒という食品安全上のリスクよりも重大視されているということになります。事業者側にも本当の意味でのリスクマネジメントを追求していないという責任がありますが、消費者の意向を反映していると称し、品質事象をことさらに食品安全よりも高い位置に誘導している諸般の団体の責任には、非常に重いものがあります。